失敗が前提であれば失敗は苦にならない
🌱間違えることに慣れればひとにも優しくなれる
ちょっと前に、Discordで偉そうに「俺は最近忘れ物をしなくなってきた」と書いたら、見事にモバイルバッテリーを忘れてきたごりゅごです。
先日のセミナーで「失敗例も知りたい」というコメントをいただいたので、ちょうどこの「モバイルバッテリー忘れ」もいいネタになるかなあ、と思って共有します。
これまでにどれだけのものを忘れてきたか
↑の画像でも書いているんですが、ごりゅごは旅行に行くと、かなり高い確率で「どこかにものを忘れてくる」というスキルを発動してしまいます。
これ、たぶん「いつもと違う状況に弱い」というやつなんだと思います。
普段と違う状況になると、通常時よりも気を配らないといけないことが増える。そして、それによってかなり高い確率で自分の身の回りのものに関する意識が下がり、結果的にどこかにものを忘れてくる、ということにつながる。
もちろん、旅という特殊な環境で浮かれしまって調子に乗ってしまっている、という理由も忘れてはならないことだとは思うんですが、とにかく「旅に弱い」
旅行に行くことは好きなんだけど、旅行に行くと、なんかミスをしたり、失敗をしたりする。
ここ10年くらいでパッと思い出せる範囲で思い出してみると、iPhoneを忘れ、パソコンを忘れ、ミラーレスカメラを忘れ、アクションカムを忘れ、帽子を忘れる。(これらはすべて無事に戻ってきた。日本って素晴らしい!)
あとは、忘れ物とは直接関係ない話ならば、旅先で迷子になったりトイレで困ったり、いろんな失敗をしていますねえ……
この辺は、ほとんどが調子に乗ってる系の失敗だわ……
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シンガポールでのMRTの乗り方 - ごりゅご.com(扉締められて一人置いていかれた……)
あとは、記事には書いてないけど、マカオに行った帰り道(香港からフェリーでマカオへ移動)に、帰る日を1日間違えて一人で帰ることになり、さらに帰りのフェリーのチケットは有効期限切れていて、浮かれ過ぎていたために、行きは、どうやって空港からフェリーまで移動したかも覚えていない(友達についていっただけ)おかげで、フェリーを降りたら帰りの空港への行き方がわからずに途方に暮れる、なんてこともあったなあ……
こういう、まあまあそれなりの失敗を経験して、その上で「最近は忘れ物も減ってきたなあ」なんて偉そうに語った1週間後に、うりなみさん家にモバイルバッテリーを忘れてくるという……
(しかも、帰る時に「忘れ物はないか?スマホとか電池切れたら大変やで」とか言われているのに忘れてきている。これに関しては、不慣れな場所でバッテリーを充電させてもらったのが失敗だった。ホテルなどならば忘れないと思うが、人の家というのはいつもと環境が違い過ぎた)
他にも、忘れ物じゃない話だけど、この前はセミナー日程の案内で失敗しまくって、ブックカタリストでも間違ったファイルをアップロードして公開してしまったりしているわけです。
で、こういう失敗談は、失敗談だけで終わらせたらもったいないわけですよ。
人は、痛い目を見れば見るほど、それがダメージが大きなものであるほど「同じ失敗」はしないように気をつけるようになる。
つまり、死なない限りのあらゆる失敗は、間違いなくめちゃくちゃ大きな経験値となり、その人の今後の人生に必ず役立つわけですよ。
というか、そう思えないようなタイプでなければ、これだけ失敗しながらも「旅行が好き」みたいなことは言えない……
で、今回ふと実感したのが、アドリブで失敗しない工夫ができたことでした。
ブックカタリストでは、お互いが手元で音声を録音して、それを合体させて、Podcastデータを作っています。
で、この画像のようにこれまでは、自分が録音したファイルの名前を「BC126」というような、完成版と区別が出来ない名前を付けていたんですよね。
そして、今回からは「BC127 ごりゅご」という名前に変えることにしたわけです。
こうすれば完成版と間違えてごりゅごの音声しか入っていないようなファイルをPodcastdして配信するなんていう恥ずかしい失敗をする可能性は、ほぼゼロに出来るはずなんですよ。
もうさあ、間違えるのはしゃーないじゃん。
なにをどうがんばっても、たぶんもう平均よりもいろんなことを間違える。これはしゃーない。
だから、自分は間違えるたびに間違えないようにする工夫をするしかない。
今回は、間違えてたことを忘れてて、ファイルを保存した瞬間に間違えてたことを思い出した。
理想的には、失敗した瞬間に、今後間違えないようにする対策をかんがえるべきなんだけど、間違えてる時はだいたい焦っているので、そういう対策をする、ということ自体に失敗する。
そんな環境の中で、ファイルを保存するタイミングで、間違えていたことを思い出して、アドリブで「ファイル名を変えないと間違える」と気がついて、自分の名前を入れておけばいい、ということを思い出せた。
これは、人類にとっては小さな一歩でも、私にとっては大きな一歩だったのです。
成長したのです。
また、個人的に思うことなんだけど、人類全体が、そのくらい「やさしい」方が、みんなして幸福に生きられると思うのですよ。
少なくとも自分は、めっちゃ失敗して間違えるから、人が失敗したり間違えたりした場合にも(たぶん)人よりも失敗に対して優しい気持ちで接することが出来る。
そもそも、人類とはみんながみんな間違えて、失敗して、その間違えたことをきちんと認めて、少しずつ全体がよくなってきたわけですよ。
ユヴァル・ノア・ハラリさんも、人類とは可謬の存在であるとおっしゃっているわけですから、それはもう間違いない、厳然たる事実なのです。
だから、間違えてもいい。
そして、そうやって間違えてもいいということをきちんとここで伝えておけば、今後もごりゅごがなにか間違えたり失敗したりしても、助けてくれたり、暖かい目で見守ってくれる人も増えるはずである。
そういうことも目論んで、こうやって失敗談を書いたりする。
これ自体も「間違えること」から学んで、それを活かしている行動なのではないかとも思ったりするのです。


