「コスパ・タイパ主義」とは真逆のアプローチで人生を楽しむ方法
🌱「コストをかける」ことをあえて意識的に行う
あらゆるものごとは、コストをかけることで楽しくなる。最近そんなことを考えるようになってきています。
昨今の「コスパ・タイパ主義」とは真逆のアプローチで人生を楽しもう、という考え方です。
1年が始まるときはいつも「今年のテーマ」というのを考えるようにしているんですが、来年のテーマはこれにしよう、と思うくらいには気に入っています。
コストをかけるからこそ楽しい
苦労して自分で作った料理は美味しい。自分で作った道具だから愛着が持てる。
大小の差こそあれ、大抵の人はこういう「手間暇かけたもの」に対して特別な感情を抱くのではないかと思います。
これをあえて「コストをかける」というフレーズにすることで、効率化や即時性が重視される現代の潮流に逆らった概念として捉え直す。そんな感覚に、最近自分は大いなる快楽を見出しています。
ここでいう「コスト」というのは、ありとあらゆる幅広い概念を含んだものです。
お金や時間、苦労や手間暇をかけてなにかをする。あえてこういうことを選択することで、そこからより多くの「快」だとか「喜び」を見出すことができるようになるのではないか?
そんなことがこの「コストをかける」という言葉に込めた思いです。
コストをかけるからこそやる気が出る
たとえば最近は、ごりゅごは「音楽」にものすごくコストをかけています。最近は毎日2時間くらい練習しているし、毎月それなりの金額を、機材や資料などの購入に使っている。(最近はここに、やりすぎないようにするルールを作った)
参考になる本や動画は、ザッと見るだけじゃなくて、何回も見てマネするし、大事なところはメモをする。そして、それらメモの整理や振り返りにも隙を見せない。ちゃんと丁寧に振り返って、随時アップデートを欠かさない。
今年の練習時間は「記録」では300時間くらいなんだけど、たぶんこういう座学やら整理の時間を含めればもっとたくさんの時間になるでしょう。
コストをかけるからこそ学びが深くなる
さらに言えば、今参加しているDiscordコミュニティでは、間違いなく自分が一番たくさんコメントしたり質問したりしてる、と言いきれるくらいは積極的に活動しています。
たくさん練習してるのも、コミュニティの活動に積極的になってるのも、いわゆる「見返り」を求めてやってるわけじゃなくて、ただ純粋にそれが一番楽しいと思っているからやってるだけ。
特にコミュニティでの発言やら質問なんかは、やっぱりけっこう「めんどくさい」んですよ。なにを喋ったらいいのか考えるのは大変だし、それが果たしてちゃんと「役に立ってるかどうか」なんて保証できるものはない。
ひょっとしたら、いろんな人から毎日毎日Discordに現われる鬱陶しいやつ、とか思われているのかもしれない。でも、そんなことを気にしているのは単純にもったいない。いろんなことに「コストはかける」けど、悩むことにはコストはかけない。それは純粋に時間がもったいない。
質問して、答えをもらえて、そこから自分が大いに学べているんだから、全力でコストをかけて学ぶ。
なにかわからないことについて質問するのって、想像以上に難しいんですよ。自分はなにが分からなくて、どこがわかれば解決するのかがわからない。それはほとんどの場合では「直感」ではできないので、質問するためには深く考えないといけない。
そして、質問することが「難しい」からこそ、質問することで得られるものは、ただ単純に教えてもらう場合よりも深い理解ができて、強い記憶に結びついていく。
コストをかけると(大抵は)大いなる見返りがある
大抵の場合、コミュニティの主催者はコミュニティが盛り上がることを喜んでくれるはずです。そうするといろんな意味で「特別扱い」とかもしてもらいやすくなるわけですよ。
少なくとも自分は「主催者目線」でそう思うし、よっぽど特殊な人ではないかぎり、誰でも同じことを感じるはず。
そうすると結局、見返りなんて求めていなくても、大いなる見返りがやってくることもある。
コストをかければ、見返りはある。
見返りは、期待するものではない。しかし同時に、今までの経験上、コストをかければかけるほど「満足」以外に大いなる見返りが返ってくる。これは、ほぼどんな場合にも通用する普遍的な法則だと思っています。
今ここでサンプルとして出したのは「コミュニティにコストをかけることの見返り」の話ですが、別にそれは人間関係に限らず、ありとあらゆるものごとで応用できる話です。
記録にコストをかける
ちなみに、ごりゅごがまず一番にオススメする「コストをかける方法」は、一手間かけて記録を残すことです。
3行でいいから今日の日記を少し残してみるとか、タイトルだけでもいいから読んだ本の記録を残してみる。映画やら音楽やら趣味のものなんかも、なんでもいいからコストをかけて記録を残してあげる。
そういうコストをかけることで、自分の行動に「価値を感じる」ことができるようになります。
そして、余力ができたら、この「コストをかける」姿勢を、学ぶことにも活用していく。
ごりゅごが最近主催・運営しているコミュニティは、コストをかけた人しか参加できない仕組みにしています。しかし、それは裏を返せば、コストをかけてくれた方には、私が全力で手厚くサポートをさせていただく、という約束でもあります。
「いいね」はもちろん嬉しいけど、そこにコメントや質問なんかを残していただければさらに嬉しいし、そこから新たな人間関係やコミュニケーションの楽しみも生まれるのではないかと思います。
