なにかを練習したりする時には、他人と比較したらダメ。比較していいのは過去の自分だけ。
先日のブックカタリストの配信の中でそんなことをしゃべって、自分で「お、これはなかなかいい話が出来たぞ」と思っていたら、以下のような非常に嬉しいコメントをいただきました。
言いたいことの大半は、この1行に集約されているんですが、もう少しこのことばに込めた思い、考えなどを整理してみたいと思います。
継続できてる最大の理由は「記録」していること
まず、この発言に至るまでの背景をちょっと説明したいと思います。
このフレーズが出てくるきっかけになったのは、最近しょっちゅうごりゅごが話題にしているプリズナートレーニングを「なぜ続けられているのか」話していた時のことでした。
そこでは、大雑把に「筋トレが続けられてるのは記録を残してるおかげ。これがあるから楽しく続けられている」というようなことを話していたと思います。
トレーニングが続けられることと記録を残すことってそんな強く関係するものなのか?むしろ記録を残そうとするとやることが増えてしまって、面倒になって続かなくなるんじゃないか?なんてことを思われるかもしれません。
確かに記録を残すことには一定以上の時間と手間がかかる、ということ自体は事実です。でも、一定以上の期間にわたってモチベーションを保ったままに勉強、練習を続けるためには「記録を残すこと」こそが一番の秘訣なのです。
なんなら、なにか新しいことを始める場合に一番に知っておくべきことがこの「技能習得のための記録の効果」を知ることだと言ってもいいくらい。
ちょっとやそっとでできないことができるからプロであるということをわかっていなかった
かつてごりゅごは学生時代に趣味としてギターを練習して、サークルでバンド活動などをしていました。が、後半には活動もグダグダになり、その後は完全にギターを弾くことをやめてしまいました。
グダグダになってしまった理由というのは今振り返ると明らかです。それは、いつのまにか「手の届かない目標」しか設定できなくなってしまっていたから。
最初のころは、まあうまく練習できてたと思います。ギター初心者の約半数をふるいにかけると言われる「Fコード」を押さえることは無事に乗り越えて、歌詞とコードが書かれてるような本を見れば、知ってる曲をそれっぽい感じで弾き語りする、みたいなことはできるようになりました。そこから、バンドで練習する曲を決めて、コピーした曲をみんなで合わせて演奏する、くらいのことも十分に楽しんで継続できていました。
ただ、そのあとに「クソむずかしい曲を弾けることがカッコイイ」というような価値観に染まってしまい、そこからグダグダが始まっていきました。
当たり前だけど、むずかしい曲って、ちょっとやそっと練習したくらいでは「ぽい感じ」にもならないんですよ。
しかも当時の自分は、大して練習もしてない状態ですぐに諦めてしまっています。そして「これは自分にはできない。つまんないから別の曲を練習しよう」みたいな感じで、できもしないことばかりに手を出しては挫折する、ということを繰り返していました。
プロのかっこいい演奏を聴いて、真似しようと思うけど真似できない。そして、それが不満で、嫌になってやめてしまう。
当時の自分は、プロはプロになるまでに超いっぱい練習してて、さらにその中で超うまくてかっこいいからプロとして活動できいるのだという、超当たり前のことを理解できていなかったのです。
センスがある人がいっぱい練習してようやくできることを、その辺にいる若者が、1週間や2週間練習しただけで「プロのように」できるわけがない。そういう、ごく当たり前のことを理解せず、すぐに「できない」と判断して諦める。それでは上手くならないし、面白くもないに決まっています。
憧れでギターを手に取ること自体は素晴らしいし、その憧れを上手にコントロールすれば大きなモチベーションにつながります。しかし、かつてのごりゅごのような考え方しかできないと、見事にこういう感じのマイナス方向の影響を受けてしまうのです。
プロと比較するのではなく過去の自分と比較する
この問題に対する一つの大きな解決方法が「記録」です。
プロに「憧れる」ことは悪いことではありません。それは「最終的な目標」としては素晴らしいことです。ただし(少なくとも初期の段階で)プロと「比較」するのはダメ。それは簡単に挫折の原因になってしまう。
プロのような演奏ができるというのは、1カ月や2カ月どころか、1年や2年では到底到達できないような遠い目標です。そんな遠い目標に対して、できないという気持ちを抱えたままで、何年も練習を続けられるような人間なんて人類全体の1%もいるわけがない。(それが出来るような人がプロになる素質がある人なのかもしれない)
とはいえ同時に、人はついなにかと比べたくなり、なにかと比べてしまう性質を持った生き物でもあります。どんな高潔な人間でも、人は「自分より下の人」を見つけることで安心したり満足したりしてしまいます。
でも、自分の安心と満足のために他人を見下すようになるというのは、社会に生きる人間としては、とてもよくない性質です。
その問題を一挙に解決する方法として提案したいのが「記録」です。
自分が残した記録の中には、今の自分より下手くそなやつが存在しています。比べる相手は、その記録の中にいる自分です。
こいつになら、勝てる。
少なくともなにか新しいことを始めてからの数年程度ならば、ほとんどどんな場合でも、過去の自分より今の自分の方がすごい。
ひょっとしたら、昨日の自分には負けることはあるかもしれない。でも、1ヶ月前や2ヶ月前の自分にならば、ほぼ100%勝てる。
この「過去の自分」という「自分よりも下の存在」と比較をして、それに勝てることに安心と満足を見い出すのです。
残す記録は、どんな方法でも構いません。
音楽ならば自分の演奏を録音しておくのはとてもよい方法です。ただ、なんだかんだ録音は面倒です。ならばまずは、今どんな練習をして、そこで自分はどんな状態なのか書いておく。それだけでも十分役に立つ記録になります。
そして、3ヶ月後の自分がその記録を見返せば「3カ月前の自分は、この程度のことができてなかったのか」と優越感に浸ることができるようになります。
英単語ならば、覚えてきた単語の「個数」なんかを記録しておくのもいい方法です。
ていうか、英語の勉強などは難しいことをしなくても、ノートに書いた単語を眺めるだけでもいいかもしれません(知らなかった単語をノートに書く→一個でも知ってる単語が増えていれば100%上達していると言える)
他にも、今回の記事のきっかけとなった筋トレの話で言うならば、、その日のトレーニングの強度や回数などを記録しておくだけで驚くほどの効果を発揮します。以前の自分と比べて、一回でもできた回数が増えてればもうそれは上達している。そう言っていいわけです。そして、ちょっとでい上達してたら、もうめちゃめちゃすごいことなんですよ。毎回1回増やすトレーニングを30回続けると、もう30回達成。そうすれば、次はもっと難しい動作に挑戦できる。
これらの例を見ていただくとわかるんですが、今ここで紹介したような事例はどれもこれも「ほんのわずかな進歩」でしかありません。
ただ、結局のところ、人がなにかをできるようになるためには、この程度の進歩をひたすら積み重ねていく以上の方法は存在しないのです。
そして、一見したら「ほんのわずかな進歩」にしか見えないようなことも、1年それを繰り返すと、自分でも驚くほどにめちゃくちゃいろんなことができるようになっているのです。
こうした進歩の歴史は、記録を残していなければ絶対に忘れます。
忘れるというよりも、できていなかった頃を想像できなくなってしまう、という言い方が近いのかな。
1年前の自分と比べたら、あらゆることがめちゃくちゃ上達しているのに、できるようになったことについては、意味でも悪い意味でもそれが「当たり前」になってしまってできなかった頃を忘れてしまうのです。
だから、ちゃんと記録する。できたことでもいいし、できなかったことでもいいから記録する。
そこには、定量的な「数字」を残しておいてもいいし、定性的な「感想」を残しておいてもいい。それは、自分がどんなことを上達したいかによって変わってくるでしょう。
そして、理論的にはこれを無限に続けることで、いつか必ず「ぜんぶできる」日がやってきます。
もちろん、現実の話をすれば、時間は無限には存在しないので、文字通りの意味で「ぜんぶできる」ようになるのは不可能です。
さらに言えば、どんなものごとでも上達すればするほど上達曲線はなだらかになっていくので、上達の実感もしづらくなっていくでしょう。
しかし、きちんと記録を残し、それを振り返ることができていれば、今度は「記録の仕方」が上達しています。
記録の仕方が上達すると、その記録を使って「上達を実感しやすくなる記録の仕方」だとか「より上達するための練習方法」を考えることが上手になっていきます。
そこまで到達できれば、もう世界は超ハッピー。記録によってやる気が上がるし、記録を使ってますます上手になることができる。
さらにこれは、必ずしも技能習得に限った話ではありません。ほとんどあらゆる趣味について、趣味を楽しくするために記録は役に立ちます。
「乗り鉄」の人が、これまでどんな電車に乗ったのか、これからどんな電車に乗ろうと思っているのか。上手に記録ができると、趣味がもっと楽しくなるであろうことは容易に想像できるでしょう。
理論的には、どんな趣味も記録こそが趣味を継続させる大きなモチベーションになる、と言えるのです。
その記録の残し方がうまくなるために大事なのは「記録の練習」を繰り返すことです。いきなり上手な記録を残そうとしても、だれでも簡単にできるわけがない。まずはそれを理解した上で「記録の上達を目的とする記録」から始めればよいのです。
慣れないうちは、練習時間や勉強時間の10%くらいを「記録の時間」の目安にしてみるのがオススメです。1時間ギターの練習をしたら、だいたい5分くらいは記録を残す時間に使う。
始めのうちは10%なんて多すぎる、と感じるかもしれませんが、記録の効果を実感できるようになれば「記録を残さない方がもったいない」と思えるようになるはずです。
ちょうど新しい年が始まったことだし、この機会になにか新しいことをやってみようなんて思った方にはとてもオススメな方法だし、逆にこれを読んでいただいたことをきっかけになにか新しいことを始めてみようなんて思っていただけたらとても嬉しいです。