💎ゼロから始めるObsidian シリーズ第5回です。
前回は「デイリーノートにはなんでも書いて、しばらくの間は整理しない」ということを書きました。その理由が、Obsidianの整理にハマってしまうと、簡単に目的を見失ってしまい、本来やるつもりではなかった「整理のための整理」に力を入れてしまうから。
要するに、ごりゅごは情報整理にハマってしまい色んな「余計なこと」をしてしまったのです。いろいろな失敗をしてしまったわけです。なので、今回はもう少し具体的に、ごりゅごは実際にどんな失敗をしたのか。それを踏まえてどんなことを気をつけたらいいのかについて、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
どんな失敗をしたか
ごりゅごが新しいObsidianの保管庫で「やらかしてしまった」失敗は「整理のための整理」が目的になって起こったことです。
読みたいものでなく読んだものを保管する
今回の失敗は簡単に言うと「雑誌の切り抜き」が楽しくて、そのスクラップ自体が目的化してしまった、というタイプのもの。
具体的には、Kindleで読める雑誌連載のコラムを「いつかやろう」と思ってまともに中身を読みもせず(電子的な)切り抜きをコレクションし、並べて満足していました。
もちろん、こうやって「いつかやろう」と思うことを保存しておくことは、失敗ではありません。いつかやりたいことを100%ゼロにできるものではないし、ゼロにしなければならないものでもありません。
そもそもObsidianに保管庫を作った目的が「いつかやろうと思う練習を保管して、整理する」ことなので「いつかやる」ことを集めることは元々の目的だった行為、だと言うこともできます。
ただ、中身をきちんと確認もせず、書かれた内容を一度も実践していないのに「集めてる」状態になってしまっているのは、さすがに本来の目的を見失っている状態だとも感じます。
Evernote時代に多くの人が経験したであろう「いつか読みたい記事」でノートブックがあふれ返っている感じ。あれと同じことをやってしまっていたわけです。
結局、情報をデジタル化して無限に保存することができるようになっても、処理できる人間の能力と時間は有限です。自分が処理できる分量を超えてコレクションを始めてしまっていないか。そういう観点で自分のノートを見直してみることはとても重要です。
大雑把なコツを挙げておくと、Obsidianには「読みたいもの」を保存するのではなく「読んだもの」を保管するようにすることです。そこにはどんなことが書かれていて、どういうことを自分は考えたのか。それを言語化して、テキストとして追記した上で保存しておく。それができれば大抵の「いつかやりたいこと」は処理可能な範囲に収まります。
上記のごりゅごの失敗例であれば、まずは雑誌に書かれていた内容をしっかり読んで、一度手を動かして実践してみる。そうした上で、それでも残しておきたい、またやりたいと思ったのであれば、自分の感想、コメントなどを添えた上でノートに保管するようにする。
逆に、そこまでして残したいと思わないようなものは、そもそも「残す必要がないもの」だと言えるでしょう。
使うデータでなく使ったデータを保管する
次の失敗はObsidianに「音源」を保存しようとしたことです。最近の音楽系書籍は、音源がDLできたりYouTubeと連動していたりと、わりとデジタル化が進んできています。
じゃあ、いつかやろうと思ってる練習素材のサンプル音源もObsidianで保管しておいたら、Obsidianで楽譜を見ながら音楽の再生もできて便利じゃね?と思ったわけです。
これもまた、そのこと自体は間違っていなくて、確かに便利になると思います。問題はこれまた「全部」「一気に」やろうとしてしまったことです。いつかやろうと思ってる練習の音源を(その方が楽だから)まとめて全部Obsidianに保管して、いつでも全部再生できるようにしといたらいいじゃん、て。
これ、試してみたらiPadのObsidianの動作が超重たくなり、そのノートがほとんど操作できないくらいになってしまいました。(iCloudでデータ同期してる場合は「ファイル数」や「容量」が多くなると加速度的に動作が重くなるような傾向を感じます)
多分これも、今後何回も使うようなデータだけ、つまりやろうと思う未来のことではなく、「今必要な分だけ」をObsidianに入れておけば、問題は発生しないはずです。
このあたりの対策としては、いつかやりたいことは、人間が認知して処理できるくらいの量に収まるようにしておくことでしょうか。ファイルを追加する場合でも、一気に先のことまで適当に済ませてしまうのではなく、今の自分が必要な分を、必要なだけ保管しておく。そういう意識でいるのが良さそうです。
結局、未来なんて明日どうなるか、すらわかりません。3ヶ月後に使うかもしれない、なんてものを「楽だから」という理由で雑に保管してしまうと、それはかえって楽ではないようなことになってしまう、ということでしょう。
次回は、ごりゅごがObsidianで「音楽の勉強」をするようになったので、そのやり方を学ぶこと全般に応用できるように一般化してみたいと思っています。