ナレッジスタック

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AIが忙しすぎるから、手書きでもっとゆっくり考えることにした

☕ ゆっくり考えるための万年筆手書きフリーライティング

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goryugo
9月 08, 2026
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最近は、ChatGPTの「コンピュータの履歴」機能と、LLR記録を組み合わせて記録の仕組みをなんかもう一段アップデートしようかな、とか考えています。

こういうのは、AIと一緒にいろんなことができてめっちゃ楽しいんだけど、その前に、最近はAI仕事にはまり過ぎていて、非常によろしくない!

仕事だとは思ってないけど、音楽練習の時間すらも削ってAIと遊んでしまったり、いろいろ新しい仕組みを考えてしまったり、非常に不健全である。

もう少し日々の生活をスローダウンさせる。というか、もうちょっと「日常っぽいこと」を復活させないといけない、と思い立って、9月から「万年筆で手書きフリーライティング」という、ある意味できわめて普通の、ありふれたスローダウン行為を実践してみています。

時間は出来ても無限にやりたいことがあらわれる

8月のまとめ記事 にも書いたんだけど、8月は、めっっっちゃいろんな工夫がうまくいって、日常の仕事的なものは、すごく楽になりました。

いわゆる「雑務」はめっちゃ減ったし、なんなら一般的には知的生産と分類されるようなことも、かなり生成AIにお任せができるようになりました。

ただね、どんだけ日常の雑務が減ったとしても、結局無限にやりたいことが出てきてしまう。

今は主に、さっき言った「よりよい記録の仕組み作り」とか、ごりゅご.comの改善とか、そういう仕組みを新しく作るのが楽しくて、無限に仕組み作りに明け暮れてしまう。

そして最初にいったように、仕組み作り自体は楽しいんだけど、それによってもっと巨大なレベルでの「日々の生活」のbalanceが崩れてしまうのは非常によろしくない。

健康寿命を延ばすための運動をサボるべきではないし、人生の楽しみの幅を広げてくれる音楽を、AIが面白いことを理由にあとまわしにすべきでもない。

運動すりゃ気分はいいし、音楽が上達するのも楽しい。

そういうことをちゃんと認識できてないと、結局視野が狭い人間になってしまう。

「ゆっくりしか書けない」環境でフリーライティング

で、戻ってきて辿り着いたのが、万年筆を使ったフリーライティング、というわけです。

しかも都合のいいことに、2025年分の日記として挫折した高級日記帳 が、半分以上、使われないままの状態で残っている!

こいつを、いろんな枠線やらなんやらを無視して、ただの「分厚くて高級なノート」として活用してやれば、自分の中の「使ってなくてもったいない気分」も解消されてよい。

というか、フリーライティングだって広義の日記なんだから、日記帳でフリーライティングというのも、非常に理に適っている!別に日記に「2025」って刻印があることなんて、関係ない!

手書きしてると、考えてることに対して、書くスピードが全然追いつかない。

そのせいで、いろいろたくさん考えるんじゃなくて、しゃあないから今書いてることにフォーカスが向かって、一個一個のことを強制的にゆっくり考えることができる。

9月に思い立って、所詮まだ一週間しか継続してないし、しかも土日は実行してないから、まだまだ「習慣化した」というにはほど遠いレベルです。

でも、確実に言えるのは、こうやってゆっくり書いてみると、少なくともいい気分にはなれる。100%なにもかも素晴らしいというよりは「これはこれで悪くない」という感じが近いかな。

手書きしかできなかったら、それはそれで嫌なんだけど、手書きをする時間は、それはそれで作ってみることに価値はある。


で、振り返ってみたら、さっき紹介した記事にも、ほぼ同じことかいてますね……

DayOneを使いながらさらに紙の日記帳も使う理由 - by goryugo - ナレッジスタック

こういうもんです。人間は、ループしている。同じことぐるぐる繰り返しながら、ちょっとずつ、ほんのちょっとずつこの前よりいい、を目指せればいいし、そもそも「この前よりよい」にすらならなくていい。

ああ、またこういうところに戻ってきたのか。と、ただ振り返る。そんでええんや。


ちなみに、1週間フリーライティングしてみて、書いた分量が、だいたい見開きの2ページ分くらい。

1年は52週だとすると、年間で100ページくらい。ノートの残りは200ページくらいあるから、2年くらいは、同じノート使い続けられますね。

確実に言えるのは「気分がいい」というやつ

これが大事

なんか、その、AI漬けじゃない気分かな?

足りないのは、時間より、認知コスト。エネルギー。だから、手書きで時間使う。

次のことを思いついても、今書いてる物が終わらなくて、書けない。これが、よいとこ悪いとかはわからないけど、緩急をつけることは、できていると思う。

すべてはなんらかの訓練だと考えたら、やって悪いことはない。少なくとも「フィジカルの文字」は、まだ人間の方がAIより低コストで書ける。

↓こんな感じで書いてます。ここにも書いてある通り「見返すこと」が目的じゃなくて、書いて気分が良くなることが目的なので、余白をたっぷり使う、みたいなことはなんも意識しないようにしています。

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