デイリーノートとAIで始める知的生産の新しい形
🧠AIにノートを作らせたら、知的生産の価値はむしろ上がった
260328_AIを「まとめページ作成人」として使役する
この話の続きです。
前回、アトミックノートもMOCもAIの方が速くていいものが作れる、という話をしました。じゃあ「知的生産」や「PKM」の価値はどこにあるのか。
現段階での自分の見解を一言でまとめると、まず「価値は残る」という結論。やることのレイヤーは大きく変わるが「知的生産」や「PKM」の価値は変わらない。どころかむしろ差別化のためにはより重要になってくる、と考えています。
マネジメントの能力
ここからの話は、まだまだ自分自身も試行錯誤のまっただ中のもので、いろいろ意見が変わる可能性がある、という前置きをした上で進めます。
まず一つ言えるのは、実は「AIに全部任せられる」という概念自体が「間違い」で「AIに適切な指示を出すためは間違いなくスキルと呼べる能力が必要になる」ということ。
「AIに任せといたらなんでもできる」というのはある面では事実ですが、文脈を理解した優秀な人間とは違ってAIは「あれやっといて」ではなにもまともな成果を出してくれません。
AIに適切にノートを作ってもらうには「ここにこういう情報があって、私はこういうことに興味があって、こういう切り口で整理をしてほしい」ということを、もっと細かなレベルまで指示を出してあげる必要がある。
それこそ最初は「自分でやった方が早い」というレベルで大変です。
この段階で、結局まず「実務の能力」とは違う「マネージメントの能力」が重要になる、という感じで一つステージが変わります。
少なくともこのマネージメントの能力を高めなければうまくAIに仕事を任せることはできない。
と同時に、人類は「個人」よりも「チーム」の方が大きな仕事ができる(ことが多い)ことを踏まえると、知的生産、PKMというきわめてパーソナルな分野でもおそらくAIとチームを組んだ方が「大きな成果が出せる」ようになるはずです。
知的生産やらPKMと言われる行為はきわめてパーソナルなんですが、これからはこういうパーソナルなことすらも「マネージメントが重要になってくる」(マネージメント力で大きな差がつく)と考えています。
で、案外こういうマネージメントをしていると、新しい発見があったりするものです。
たとえば最近はごりゅごは「デイリーノートのあり方」に関して、AIと協業するためにはいろいろと変えていかねばならん、と考えています。そういう時は最近「デイリーノートMOC」をAIと一緒に整理するようにしています。
たとえば、AIに指示を出しながら、カード(ノートリンク)を並べ替えてもらう。
これは「紙のカードを並べ替える」こととは異なる動作だけど、かなり「直感的」な行為で、しかもこれによってかなり「アタマが整理される」感覚を獲得できます。
そもそも誰の素材にも「その人にしかない偏り」がある
こうしたノートの主な素材は「記事」から作られているんですが、最近は記事に限らず「デイリーノート」などからもたくさんノートが出てくるようになっています。
つまりこれは「ブログ」とかそういうものを書かない人も、日々の記録を丁寧に付けていればいい感じの「知的生産」「PKM」ができるようになる可能性も示唆しています。
たとえば「1週間分のデイリーノートからアトミックノートを作って」みたいな指示を出してあげると(ある程度のメモがあれば)おそらく多くの人が想像するよりもずっと多くの「知見」「発見」「意見」をAIは見つけ出してくれるはずです。
そこから、なにか面白い発見は、きっとできるはず!
そもそもね、世の中の人ってみんながみんな全員「面白いやつ」だと思っているんですよ。
人の平均値は存在するけど、平均的な人間というのは存在しない。『平均思考は捨てなさい』という本には、こんな話がありました。
身長体重がだいたい同じくらいの4000人の身体を10ヶ所測定して、すべての誤差が30%未満に収まった人っていうのは一人もいなかった。誰しも身体の一部分は「平均から大きくズレていた」のです。
4063人のパイロットの平均データを取り、許容誤差30%(身長なら170cm~180cm程度の範囲)で、身体測定値10項目を計測したら、すべてが平均に収まった人の数は「ゼロ」だった。
そもそもパイロットの採用の段階で、ある程度体格を考慮して採用をしている、という前提があってこの数字なのだ。
これは「身体」の話なんだけど、自分はいわゆる好き嫌いなどを含めた「個性」にもまったく同じことが言えると思っています。
「アクション映画が好きなひと」なんて何人でもいるけど、アクション映画が好きで、その中でも特定シリーズに超詳しい。さらにその人は映画音楽が超好きで、好きな映画に出てくる音楽ならば3秒でどんな曲か言い当てられる。そしてその人は、なぜか自宅でなくキャンプで映画を見ることが大好きだったりする。
趣味の一つ一つは「平均」でも、それを組み合せてやれば誰しもが「超変わった人」になるはずなんですよ。
そして、そういう人の経験、考えというのは、確実に「おもしろいもの」にできる。
AIに任せて作っているノート達も同じです。すべて「私の記録」を元にして作ったものであり、そこには必ずその人の偏りが存在します。
たとえばサンプルとして、ごりゅごのアトミックノートからMOCを作り、ひとつのページとしてまとめた以下のページがあります。
Zettelkastenという概念自体は「一般語」ですが、その「Zettelkasten」についてまとめたページですら、ごりゅごの思想がミックスされた、自分にしか出来ないものになっていると思っています。
(正しいかどうかはさておき)ごりゅごの記事では「ZettelkastenはPKMではない」と主張しているし、ObsidianでZettelkastenをやる、とかも少なくとも「平均の答え」ではない。
「素材の提供」だとか、素材の並べ方や取捨選択の仕方、というものにその人なりの個性が現われてくるし、それはその人が存在しないと成立しなかったものになる。
ならばこれはやっぱり「私が私の頭脳を使って作ったものと言っていいだろう」と。
記録が「自分の面白さ」を掘り起こす
このことの効果って、実は「ノートができて楽しい」ということと連鎖して「記録を残し続けるモチベーション」にもなるんじゃないかと思うんですよ。
書けば書くほど「自分のこと」が集まってきて、しかもそれがたくさん集まれば、自分にしかない知見、みたいなものまで整理されてくる。
と、そうなってくれば「自分もなんか面白いことが書けるかもしれない」とか思えてくるかもしれない。
ごりゅごの野望としては、こういう「面白さを見出す」ということを「デイリーノートを書いていればできるようになってしまう」ようにすること。
まあ、デイリーノートだけ書いてりゃいいかといえばもちろんそれだけではないんだけど、でもそれに近いことは上手に生成AIを使えば実現できる可能性が生まれてきた。
それだけの目的でも「AIにノートを作ってもらう」ことに価値はあるんじゃないかと思っています。
ちなみに追加でもうひとつ。今現在、ノート作りのかなりの部分はAIに頼ってやってるんですが、未だに「読書メモ作り」だけは、AIに一切書かせることなく、自分でメモを書いて、ノートを分割する、ということは続けています。
これは明確に「理解」とか「知識の定着」を目的にしたものだから。
そして、今でもこの苦労は、自分の知識や理解を深めるために非常に大きな効果が得られることは、実感しています。
そういう意味でやっぱり「なんでもAIでやればいい」というわけではない、というのは、当たり前ながらも超重要なことだと思うので、それは忘れないようにしたいと思っています。
お知らせ:4月26日 東京セミナーで「AIスキル」を先行配布します
今回の記事で触れた「AIにノートを作ってもらう」ための仕組み、実はこれ自体を「AIスキル」として整理しています。将来的には販売も予定しているのですが、4月26日(日)の東京セミナーに参加いただいた方には先行配布します。
会場の都合上、席には限りがあります。興味のある方はお早めにどうぞ。
参考記事
Antigravityを「まとめページ作成人」として使役する
この記事の前編。AIがノートやページを作れるなら人間の役割は何か、という問いの出発点
📅AIと「整理」で究極の自分専用OSへ進化するObsidian
デイリーノートから発見が生まれる体験を記録した月次振り返り。本文の主張を裏付ける実践報告

