やめたことも自信を持ってちゃんと記録しておく
📅好きなことをやるために、好き度がちょっと足りないものを少し手放した
手を動かして形にすることを意識したら洋服を作ろうと決断することになった
この記事を公開してからちょうど100日くらい経過したところなんですが、一筋縄では二進も三進も行かないような紆余曲折を経て、ようやく自分が着るTシャツを「縫い終わる」ことができました。
そもそも家にミシンや布があって、なにからなにまで教えてくれる存在がいる、というチート環境ではあるんですが、いかなる理由があろうが「俺が自分でミシンを動かして縫い終えた」ことだけは、紛れもない事実です。
すごい。えらい。立派。
自分でも、そう思います。
でも、それだけ見せるのはちょっとズルい気もするので、今回はその裏にあった「やめたこと」や「続かなかったこと」にも目を向けてみたいと思います。
2024年は手書きに集中しすぎた
ここ最近の自分の興味や趣味を振り返ってみると、2024年は明確に「手書き」に熱中していました。
トラベラーズノートをきっかけに、紙の手帳に興味を持ちました。
そこから「お絵かき」(水彩絵の具)にも手を出しました。
紙の手帳で日記を書いたり、読書メモを取ったり、いろんなことに手を出してきました。
日記にはイラストがあると振り返りのときに便利だと気づいて、1日1個は絵を描こうとしたり、平日昼間に開催される市のお絵かき教室(2時間×6回)に通ったりなんてこともしていました。
ただ、ハマったはいいけど、今振り返るとさすがにいろんなものに手を出しすぎた感じがします。
まあ、仮に「手書きだけ」に集中していたなら、それでもよかったかもしれません。
ただね、2025年になってから「パッド」という楽器に目覚めてしまったんですよ。
これがものすごく自分と相性が良い楽器だったみたいで、めっちゃ上達が出来て、上達していくのが超楽しい。
そもそも「音楽」というのは、大人になってから始めた「お絵かき」とは違って、30年以上前から「できるようになりたい」と思っていたことなんですよね。
そして今、色んなことが噛みあって、時間とエネルギーを使えば使っただけ「できるようになっている」という感覚がある。
お絵かきも日記も楽しかった。それは間違いないんですが、音楽の「やりたい」度合いと比べてしまうと、今はそれには全然及ばない。
そうすると、当初のように「毎日手書きで日記を丁寧に書いて」「1日1つイラストを描いて」「週に1〜2回くらい水彩絵の具でお絵描きする」というのは、中々に難しい。
だって、それよりも音楽の勉強したり、楽器の練習したいもん。
できることを、できるだけやる
というわけで、上に書いた3つのこと「毎日手書きで日記を丁寧に書いて」「1日1つイラストを描いて」「週に1〜2回くらい水彩絵の具でお絵描きする」というのは、とりあえずごりゅごの習慣からは外しました。
まあ単純に言うと、これらは「やめた」と言ってもいいでしょう。
でもこれは、別に「手書き」をやめたわけでもないし「お絵描き」や「日記」をやめたわけでもありません。
今でも万年筆とノートを使って読書メモを残してるし、筋トレの記録や音楽練習の記録は手書きのノートに書き残しています。
読書メモも(たまにだけど)見やすくするためにイラストを描いたりしてるし、音楽練習の記録にも、ところどころ意識的にイラストをつけるようにもしています。
さらに言えば俺「日記」だったらDay Oneで日記を書いてるし、Obsidianではデイリーノートを使ってます。さらに、日々の行動記録は「たすくま」で、けっこう細かく何したかを残しています。
結局、お絵描きも手書きメモも「やめた」んじゃなくて「毎日の習慣で出来る範囲のものだけ残した」というのが感覚的に一番リアルな感じがします。
思いついたことも、できるだけやる
ちなみに、Tシャツ作りに関しては、まあ「思いついてしまったから」最後まで作り切ろうと思って、最後までやりました。
これ、お前さっきまで言ってたことと矛盾しとるやん、と思われるかもしれませんが、結局そういうもんなんです。
自分の行動に対して、なにもかも都合よく筋が通った説明なんてできないし、できなくていい。
強いて言うなら、Tシャツ作りは「習慣」として組み込まれるタイプのものではなかったし、「一回自分で作ってみて自分はあまり好きではないとわかった」ので、逆に一着でいいから作りきろうと思った、という面もあります。
でもやっぱり、「一本筋の通った説明ができる」かと言うと、まあ正直筋が通っているとは言いがたい。
でもね、人間の選択なんていつも筋が通るとは限らないし、そういう揺らぎ、不安定さを認められることこそが「自分らしさ」というものにつながってくるんじゃないのかな、とも思うんですよ。
「一貫性」はなくてもいい
当たり前なんだけど、新しいなにかのために時間を確保しようと思ったら、なにかをやめなければ時間は作れません。
さらに、時間があればなんでも出来るなんてこともなく、意志力、アテンション、集中力というような「気持ち」の面でも余裕がないと、なにかを続けていくことは難しい。
結局、いい加減で不安定な存在である人間というものが、継続的に意識を向けられることの数はどう頑張っても限りがある。
そして今の自分は、「時間」も「集中力」も、できる限り「音楽が上達すること」に振り向けたいと思っている。
だから結局「もったいない」とか「できなかった」みたいな感情はいったん置いといて、いま一番やりたいことにエネルギーを集中する方がいい。そういう結論になりました。
だからとりあえず今はパッドを存分に練習して、存分に音楽が上達できるようになることを目指す。これからしばらくは、そのことにほぼ全精力を捧げていきたいと思ってます。

