弾けない時でも上達できるし書かない時でも上達できる
📅2026年6月の振り返り
2026年6月の振り返りです。
LLR×ALPsが回って、余裕ができた
先月は「AIで余裕ができたから音楽を仕事にする」と書いてたんですが、今月はできた余裕でまたも趣味の「整理」にエネルギーを使ってしまいました。
特に今月は「余裕」のでき方がけっこう変わってきて、LLR+ALPsの組み合せの力で「中々着手できなかったもの」も少ない認知リソースの使用で着手できるようになって、時間以上に心に余裕が作れるようになってきています。(先月も同じこといってたかもしれない)
この辺は、また次回のセミナーで詳しい話をする予定です。
で、その余力でやった「整理」はどんなものがあるか?
自分の全データをいれとく「history.sqlite」を設計し直したり、朝のルーチンを見直したり、他にも「過去を振り返るための自分用ライフログアプリ」を作ったりなどいろいろなことをやっていました。
10年やりたくてできてなかったサイト改善ができた
その中でも一番「成果に繋がる整理」として、ついにようやくgoryugo.comとナレッジスタックの改善を定期的に実行できるようになってきました。
これはねー、もうgoryugo.comを静的サイトとして作り直してからずーーっとやりたかったことなんだけど、ずーーっとやれてなかった。
いや、振り返ってみると、これはごりゅごが「ブログ」というものを始めてから、ずーーーっとやろうと思ってもやれてなかったことと言えるかもしれない。
生成AI+仕組み作りで、ついにようやくこれを定期的に実行できるようになった。
この「コツ」の本質も、結局LLR+ALPsなんですが、仕組みさえ作れば10年できなかったこともできるようになる(可能性がある)
これはマジで生成AI様がいらっしゃるからこその幸福な世界です。
AIとひとり読書会
あとは、これは「整理」ではないんだけど、実験として非常に面白い「AIと一緒に読書メモについてあれこれ話す」こと。
イメージは「AIと一緒に開催する読書会(先生はAI)」という感じ。いうてこの方法でがっつり読書メモを作ったのはまだ3冊で、成果云々はまだまだわからないけど、少なくとも「楽しめている」のは間違いなく、それによって「本について振り返る時間」が増えていることも間違いない。
そういう観点でみれば、間違いなく「効果がある」と言ってもいいんじゃないかな。
AIと一緒に1冊を学び尽くす読書術という記事にだいたいのことは書いたんですが、これはまだまだ掘り下げて実験してみる価値はある感じがしています。
そして、読書つながりで言うとClaudeで300時間分の文字起こしデータから言及している本をすべて見つけてきたというのもあるかな。これも観点は全然違うけど、これまで読んできた本を整理する、という大きな意味では同じカテゴリに属する話であり、これも生成AIが存在しなかったら実質不可能な「整理」でもあります。
弾かなくてもうまくなるから指を痛めても焦らない
最後に音楽の話。一週間ほど前に指を痛めてしまい、しばらくパッド練習をお休みしています。
指を痛める、というのは薙刀式という特殊日本語入力を覚えた時以来のことなので、およそ5年ぶり(カーソル移動からマクロ入力まで全てホームポジションのままで操作できる自作キーボードの魅力 | ごりゅご.com)
痛めた理由も場所も当時とは違うけど、ごりゅごさんは40をすぎてくらいから「医者に行くほどでもない小さなけが」が増えてきていて、フィジカルの弱さが表面化してきています。(学生時代の部活で怪我とかはたぶん一回も経験してない)
けがは嬉しくはないんだけど、こういうことがあるたびに新しい習慣やらなんやらを獲得できることは多いです。薙刀式という日本語入力を覚えたのもそうだし、スロージョギングというものが習慣化できたのも、走って足を痛めたことがきっかけでもあったりする。
→「つらい練習が正解だ」という価値観を手放す - by goryugo - ナレッジスタック
今回はなにか新しい習慣を手に入れたというわけではないんだけど「練習したい」というやる気だけは生まれつつも、練習できてないとか、下手になりそうとか、そういうネガティブな感情がほとんどまったくゼロのまま日々がすごせている、というのがめちゃめちゃすごい進歩だな、と思っています。
一番デカイのは、師匠の教え。
「弾けないときでも上達は出来る」ということを、強く言ってくれている。
出来ることを繰り返すことには意味がある|うりなみ(記事のうしろの方)
もちろん「弾けないときでも上達は出来る」というのは、あくまでも「弾けない時でも」という条件付きの意味。決して「弾かなくても上達できる」といっているわけではない。フィジカルの練習が不要なわけではない。
それでも、こういう風にマインドを切り替えることができた、というのがある意味で一番「上達した」と言えることなのかもしれない。
この1年ちょいで、音楽についていろいろなことをうりなみさんから教えてもらったけど、いちばんすごかったのは、こういう「メタ知識」「練習論」「マインドセット」みたいなところなのかもしれないなあ、と感じています。
そして、こうやって学んだほとんどのことは、別ジャンルである「ナレッジスタック」でも応用できることが多い。
たとえば、文章を書くことだって「書けない時でも上達はできる」と思うんですよ。これももちろん「書かなくても上達できる」というわけではないけど「書けない時でも上達はできる」ことは事実であるとも思う。
こういう風に得られた知見というのも、できる限りいろいろな観点で共有していきたいな、と思います。

