10年続けてきた記録の手法と場所の整理
⚙️人生の10%は記録と計画に使っていいという原則
12月になって、ごりゅごの中で振り返りの気分が盛り上がってきています。
12月は振り返りを主目的として1ヶ月を過ごしてもいい。
人生の期間のうち、1割くらいの間ならば「計画」「整理」に時間を使ってもいい。そのくらいは整理や計画に時間を使った方が、1年という単位で見た時に「たくさんのことがやれる」ようになると思っています。
(ちなみに、同じ理屈で、1月は1年の予定や計画を考えることに1ヶ月を費やしていい、と思っている)
さらに今年は21世紀最初の四半世紀が終わる年でもあるわけで、今まで以上に「記録」の振り返りを深める最高の機会ではないか、なんてことも思っているわけです。
なので、こうやって振り返りの気分が盛り上がっているうちに、自分自身で「1年以上継続的に記録に残し続けることができていること」「これまでやってなかったけど記録に残しはじめたこと」「今まさに1年分の記録を付けたいと思っていること」なんていうのを全体を振り返っていろいろ整理してみたいと思いつきました。
まずそもそも、どんなツールを使って記録を残しているのか、という話から始まって、それらにどんなことを書いているのか。
人類のほとんどは「そもそも日記すら書かない」だと思うんですが、ナレッジスタックを読んでくださっているような人は、こういう記録を残したり、振り返ったりすることがとても好きなはず!
年の暮れも押し迫ってきていますが、そんな思いをもとにやってきたことを整理してみます。
記録を残すのに使っているツール
デジタルツール
たすくま
Obsidian
Day One
メモ帳アプリ
アナログツール
ほぼ日手帳Weeks
トラベラーズノート
MDノート(A5ドット方眼)
書いて記録を残す、という観点で、自分が今認識している記録の道具は大雑把に今はこんな感じです。
細かなことを言うと、他にもカレンダーとかリマインダー(買い物リスト)なんかもけっこうな頻度で使ってはいるんだけど、カレンダーもリマインダーも「未来の自分」が忘れないようにするための記録。
これに対して、上にまとめたツールは、全体的な傾向として「過去を振り返ったり整理したりする」ことを目的としているもの。自分の場合はこの視点が過去に向いているものを「記録」と定義し、それを重視しています。
じゃあ具体的に、どこになにを記録しているのか。
一つずつ、上から順に整理してみます。
たすくま:日常の行動記録であり行動の指針
まずは、自分の日常の行動の指針となる記録ツールが「たすくま」
たすくまの使い方を見てたらタスクシュートの考え方がすごくしっくり来たのでちょっと使ってみることにした - ごりゅご.com
上記記事の公開日が2014年7月なので、利用期間は10年を超えているわけですね。
大体何時何分から何時何分まで何をしたという記録を、様々な解像度の差はあれど、ほぼ途切れることなく10年記録してきました。
10年前の記事を今振り返ってみても、自分が感じたタスクシュートの価値みたいなのは、この時から変わってないですね。
当時気がついていなかったことは、たすくまで記録することが超当たり前になると(この前提が重要)、たすくまに書いてあることであればほとんど100%忘れることがなくなる、ということ。
もちろん、そういうことをいいながら、ついこのあいだに20時から始めるオフ会の時間を21時だと勘違いして、5分くらい参加が遅れてしまったりというミスをゼロにすることは出来ません。
それでも、こういうツールに頼らなかったら、ミスが発生する頻度が、今の10倍ではすまないし、そのために常にやることリストを確認しないと不安で落ち着かなくなる、という人生になっているはず。
ほとんどすべての人は記録を残すことをめんどくさいと感じるのではないかと思うんですが、今の自分にとっての記録というのはこの「忘れない」感覚と、安心感を獲得するための手段。むしろ、記録を残さず、やることリストがない状態で、毎日やってることを思い出すのってくっそ大変やん、と思うようになりました。
記録することが同時にやることリストになっていることで、記録を残そうとする時に、やるべきことが思い出せる。
タスク管理で大事なのは「確実に見るリスト」を作ること - by goryugo - ナレッジスタック
一般的なToDoリストとの一番の大きな違いがここにあり、これこそが「やること全部記録すること」の本当の価値なのだと、今では確信しています。
Day One:「ライフログ」的な記録+α
その次が、日記アプリのDay One。完全にきちんとDay Oneで毎日日記を書くようになってからはまだ6年くらいですが、記録が趣味のごりゅごは、それ以前の日記も、写真とカレンダーやEvernoteの記録なんかを組み合わせて過去日記も追加した経験があり、だいたい15年分くらいはある程度の日記がここにある、という状態になっています。
また最近は、いわゆる「日記」以外にも、年単位で振り返ることが出来ると嬉しい気がすることの多くをDay Oneに残すようになっています。
1日1つ日記を書く
どこかお出かけした場所の日記(場所ごとに一個。スーパーやコンビニはノーカウント。旅行などは1日日記の個数が増える)
自分が買ったもの(本やマンガ、消耗品を除く)
自分の家に関するちょっと大きな出来事(冷蔵庫などの設備の入れ替え、大規模な草むしり、部屋の模様替えなど)
自分が演奏した音楽の動画
こういうものもDay Oneに記録しています。
直近の記事でも書いたけど、このくらい狂気のように記録を日常化することで、書くのが速くなる、という効果はあるんやで……
丁寧に書くことと同じくらい重要な「速く書く能力」 - by goryugo - ナレッジスタック
これ以下に残している記録も合わせても、記録全体に使っている時間は1日で30分よりも少ないくらい。
自分の基準では、行動時間の10%くらいは計画や記録に時間を使う価値はある、と思っているから、1日30分の記録時間は、決して長くない。むしろこの時間があるおかげで、日々の生活の質は上がっているのだという確信を持っています。
Obsidian:生活以外のあらゆる記憶
で、これらの記録があるという前提で、大雑把に「それ以外」のことをObsidianのデイリーノートに記録している、という感じです。
基本的にObsidianに記録しているタイミングというのは、コンピュータの前にいる時。その時に「やったこと」(ノートへのリンクを貼る)だとか、思いついたこと、やろうと思ったこと、頭を整理するため。主にそういうことをObsidianのデイリーノートに記録。
と同時に、ある程度俯瞰的に整理したいことをウィークリーノートにも記録している、という感じ。
デイリーノートとウィークリーノートの使い分けの基準 - by goryugo - ナレッジスタック
メモ帳:記録の共有・一時保管メモ
そしてもうひとつ、予備的に使っているのが、Apple標準のメモアプリ。これは、なんていうかWebサイトとかRSSを見たりしていた時に「あとで読もう」とか「あとで調べてみよう」「ちょっと気になる」みたいなものを一時的に覚えておく場所。
「メモ帳整理」みたいなやつも、毎日の特定のタイミングで実行するようにしていて、その時に随時読んだり書いたり消したりしたら完了。
同じような用とでは「写真」「スクリーンショット」なんかもこういうその場の記録を目的にして使っていたりもします。
コツは、どっちも「貯めない」こと。ちょっといらんと思ったら(1週間使わなかった)ら、サクッと消してしまう。
このくらいの頻度でクリーンアップしてあげないと、簡単にこれらがごみためと化してしまいます。
アナログツール
改めて、アナログツールでよく使っているのは以下。
ほぼ日手帳Weeks
トラベラーズノート
MDノート(A5ドット方眼)
ただ、来年も間違いなくいっぱい使うもの、っていうと、もうほぼ日手帳だけかな。
ここに、音楽の練習記録、筋トレ記録、ジョギング記録をサッとメモして、それ以外はトラベラーズノートを「貼るノート」として使うくらい。
MDノートは読書メモ用のノートで、これは今後も使う予定ではあります。ただ最近は、アナログ読書メモの絶対量は減少気味。多くの本は「読んでから直接Obsidianに書く」とか「読みながら直接Obsidianに書く」という方法で、自分がある程度以上満足できる記録を残せるようになってきました。(約5年、とにかくたくさんの読書メモを書き残し、だいぶ自分に必要なメモの作り方が分かってきた)
2024年は、とにかくいろんなことを手書きで書いてみる、という実験をして、2025年は自分の中でのデジタルと手書きのいい感じのバランスがわかってきた、という感じです。
それでもやっぱり音楽の練習記録(第一段階)とか筋トレ記録とかは紙で残した方がいいと思ったし、今後もこれは続けていくだろうな、と思っています。
「紙に書く人」からしたら、自分の「書く量」はとても少ないと思うけど、それでもかつての「何もかもデジタルでやったるんや」と思ってた頃のことを考えると、いい感じのバランスを取れるようになってきたんじゃないかなあ、と感じています。
書いてまとめることで振り返りが出来る
こういう情報を整理するのって、それなりに手間暇がかかるんですが、逆にいうとそれなりに手間暇をかけないと整理しようという気にもならないんですよね。
冒頭にも書いたように、人生の10%くらいの時間は、計画や記録、振り返りにエネルギーを使ってもいい、と考えるのであれば、こうやっていろいろな観点で自分にとっての「1年」を振り返ってみたりすることにも充分な価値があるのではないかと思います。
そして、かつての「ブログ時代」は、こういうのを書いてる人がいっぱいいて、賑わっていたような印象もあるんですよね。
結局一番楽しいのは傍観者でいるよりも、参加者になること。参加者になるよりも、主催者になること。
ぜひ、ご自身の振り返りをSubstackやnote、Discordなどで発信してみてください。「こういうの書いたよ」と教えていただければ、ごりゅごは喜んで見に行きます!
小さなところからコツコツと「書いて楽しむ」場を作っていきましょう。




